インタビュー前編では、生井澤葵弁護士に、共同親権と親子交流の関係についてお聞きしました。後編では、離婚後の適切なコミュニケーションの方法についてお聞きします(取材・文/奥田由意)。
父母のやりとりにはノウハウが必要
――『元夫・元妻とのやりとりがラクになる 共同親権のLINE・メール術』(以下『共同親権のLINE・メール術』)について、お読みになってどう思われましたか。

生井澤 離婚後に親同士がどうコミュニケーションを取るべきかという問題は、誰もが困っていた領域ですから、これこそ今必要な本だと感じました。今までは、弁護士も手探りで対応してきた分野です。メソッドを本格的にまとめた本としては、おそらくこれが最初なのではないかと思いました。
――この本の内容は、先生がこれまで実践してこられたことと、重なる部分はありましたか。
生井澤 まさに、自分が試行錯誤しながら本能的にやってきたことが、メソッドとして整理されたように感じました。だから自分のブログでも紹介したのです。海の向こうのアメリカで行われていることだけれども、私が意識してきたことと重なっていました。自分の方向は間違っていなかったのだ、と確認できました。
関係が必ずしも良好ではない元夫婦が、どのようにしてメッセージをやりとりすればよいかというノウハウは、ある程度体系立てて示されなければ、身につきにくいと思います。ですから、それがこの本で比較的簡単に使いこなせるような形で提示された意義は、大きいのではないかと思っています。私自身もこれまで、自分の経験を頼りに、何百件と依頼者のメールの添削を重ねてきましたから。
――この本は米国の原著を翻訳したものですが、日本も米国も、問題意識としては同じなのですね。
生井澤 そうですね。離婚後の父母のやりとりが簡単ではなく、何らかのノウハウが必要になるのは、どの国も同じなのではないかと思います。
この本には日本にはまだあまり一般的ではない概念やその説明も出てきます。訳出には苦労されたのではないでしょうか。たとえば「共同養育」です。離婚した親が子どもを「共同養育する」と言われても、実際に親がどのように子どもを育て、そして子どもはどのように父や母と毎日を過ごすのかといったことについて、具体的なイメージを持つことができている人は、日本にはまだほとんどいないのではないでしょうか。具体的な事例をこのような本などを通じて知ることによって、これから日本でも、共同養育という考え方が少しずつ根付いていくのではないかと思います。
――本書の具体例で「悪い例」として取り上げられているメッセージは、かなり過激なやりとりもあるので、訳者としては驚きました。実際にこんなふうになるものですか。
生井澤 この程度では済むとは限りません。現実にはもっと激しいやりとりになってしまうこともあると思います。この本は、まだ穏やかな例を選んでいるのかなと思っています。
言いたいことを言わない3つのメリット
――この本は、メッセージを書くときに意識すべき4つの点として「BIFF(ビフ)」――文は短く(Brief)、要る情報を(Informative)、フレンドリーに(Friendly)、深入りしない(Firm)――を挙げています。このメソッドについて、どう思われましたか。
生井澤 父母が、離婚してすぐに心の整理をつけるのは簡単ではありません。どうしても「納得がいかないから何か言ってやりたい」と思ってしまうこともあるのが、人の性です。
この本は、そのような「言ってやりたいこと」をあえて言わないことの大きな「メリット」を、明確に3つ示している点が良いと思いました。
1つ目は、まさにこの本のタイトルの「元夫・元妻とのやりとりがラクになる」という言葉です。つまり、「相手を攻撃しなければ、結果的に自分が楽になる」ということです。
人が攻撃されて反撃したくなるのは、自分を守るためですが、それをしてしまうと、自分が精神的に消耗します。また、再反撃されるリスクも高くなります。
そこで相手の挑発には乗らず、あえて相手と同じ土俵に立たないことで、やりとりの主導権を自分の側に保とうとするのが、この本の考え方です。その代わりに、この本のメソッドに沿って淡々と返していけば、感情的な応酬に引きずり込まれないので、精神的に消耗せずに済みます。結果として相手の攻撃も空回りしていきます。
――なるほど。2つ目は何ですか。
生井澤 自分と相手を区別して、自分に自信が持てるようになる、ということです。
この本は「繰り返し相手を責めるようなメッセージを送るのは、多くの場合、その人自身がコミュニケーションに困難を抱え、自分の責任と向き合えずにいるからだ」と指摘しています。攻撃的なメッセージを送る人と送らない人の違いはそこにある、というのです。
この見方が腑に落ちると、元夫や元妻から攻撃的なメールが送られて来ても、「この攻撃は相手側の問題(たとえば未熟さなど)から出ているのだ。自分の問題ではない。自分は相手とは違う」と受け止められるようになります。そう考えると、相手からの攻撃によって自信を失うことがなくなりますし、自分を守るために反撃する必要もなくなります。
――「自分は相手とは違う」と認識するのが大事なのですね。
生井澤 3つ目のメリットは、このメソッドを使えば、裁判になったときに有利な立場になる可能性があるということです。
この本に書かれているのは米国の話です。両親の間で交わされたメッセージの内容が、裁判などに証拠として提出されたとしましょう。その場合、攻撃的な言動をするなど、まともに相手の親とのやりとりができないような状態にある親は、裁判所から厳しい判断をされる可能性が高くなることが書かれています。
日本でも今後、離婚後の父母のやりとりが増えれば、そのような方向に進んでいく可能性があります。普段から元配偶者とのやりとりにおいて適切に振る舞わなければ自分に跳ね返る、ということがわかれば、相手に対して攻撃的にならず、冷静にやりとりする動機になると考えられるからです。実際に裁判にならなくても、もしも裁判になったら不利になるかもしれないという意識があれば、自制の動機になると思います。
さらに言えば、両親がこうした落ち着いたやりとりを積み重ねていけば、親子交流が継続して行われることになりますから、子どもの立場では、親との関係を保てる可能性が高まるということになります。自分のためだけではなく、子どものためにもなるということです。
「現状」と「今後」のどちらを評価するか
――日本でも、父母間のLINEやメールなどのやりとりが、証拠として裁判所に提出されることがありますね。
生井澤 はい。ただ現状では、出したところで、それがどの程度裁判所の判断材料になっているのかははっきりしないところもあります。
今の裁判所の運用は監護状態の現状維持の発想が強いので、父母間のやりとりの内容を評価して何かが判断されるというよりも、現に子どもを育てている人が多くのことを決められるように判断されることが多いのです。LINEやメールのメッセージに表れるような、父や母の相手への姿勢の適切性について、裁判所がどこまで丁寧に見てくれているのかは、正直なところわかりません。
――現に子どもを育てている人が有利になるというのは、いわゆる「継続性の原則」とも呼ばれる考え方ですね。
生井澤 そうです。たとえ主に子どもの世話をしてきた親であっても、子どもを置いて家を出ると、裁判でその行動をとても厳しく見られることがあります。まるで、その親が子どもを連れて家を出なかったことが非難されているかのように。しかもそのような場合、状況によってはその親は二度と子どもに会えなくなることにもなりかねません。
また一方で、子どもを連れて出れば、今度は「連れ去りだ」と責められることになるかもしれません。
子どもを置いて出たら不利で連れて出たから有利、というような雰囲気が今後少しずつ変われば、裁判などで、父母間でやりとりされるメッセージの内容が評価されるといった状況が生まれる可能性があります。
――仮にそうなれば、離婚後の父母の間のトラブルを減らす効果はあるかもしれませんね。
生井澤 そう思います。誰もが相手へのメッセージの伝え方を意識するようになりますから、好循環が生まれるかもしれません。
それと並行して、離婚した親の間にメッセージの伝え方を学びたいという気運が生まれて、その機会が提供されるようにもなってほしいと願っています。たとえば『共同親権のLINE・メール術』のような本を読み、相手を傷つけないコミュニケーションを身につけることができれば、相手と良好なコミュニケーションをしやすくなります。
裁判でも、実際に相手とやりとりしたメッセージを示して、「コミュニケーションが成立しているから共同親権にできますよ」と主張できれば、相当の説得力を持つかもしれません。将来的には、こうしたメソッドを学べるセミナーができて、その受講修了証を、共同親権を主張する根拠のひとつとして裁判所に提出する。そんなことも考えられるかもしれません。
――今後、そうしたセミナーがどこかで開かれたりする可能性はないのでしょうか。
生井澤 本来は、心理カウンセラーの方などが担っていただく方が適切な分野なのではないかとも感じます。仮に弁護士がそれを担ったとしても、説得力があるかどうか。少なくとも今のところ、弁護士が積極的に手がけようとする話はあまり聞きません。
――親子交流を考えれば、離婚する親は自分で意識を変える必要がありそうですね。
生井澤 二人の間に子どもがいる限り、親には親子交流を常に意識する責任があります。そしてこの本のメソッドは、そのために必要なのです。こうした本はこれまでありませんでしたし、もっと増えてほしいと思います。
――離婚後の父母のやりとりについてメソッドが必要になるのは、共同親権になるからというわけではないのですね。
生井澤 もともと必要だったのです。共同親権であろうと単独親権であろうと、関係ありません。離婚後の親同士がうまくコミュニケーションを取ることができれば、父も母も子も、関わる誰もが幸せになれる。私はそう信じています。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。

